いじめる側いじめられる側

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いじめる側が、いじめる相手に与えていると想像するダメージと、
実際にいじめられている人が心に受けるダメージ。
そこには、とてつもない温度差があるように思います。

多くの教育評論家は「いじめをしている側は、自分が誰かをいじめている
という意識はほとんどない」と言います。
また、いじめる側の言い訳としてよく耳にするのは、
「ちょっとした冗談」「面白くてからかっているだけ」「むこうが○○だから」。
直接的には、悪意を意味する表現はありませんが、
人としてあまりにも身勝手な、そしてあまりにも鈍感すぎる心が表れています。

一方私たち大人は、大人としての正論を子どもにも押し付けるという
癖を持っています。
最近私の身近で耳にしたのは「優しいのは良いけど、
もっと打たれ強くなってくれなくちゃ困る」
「いじめられて傷ついているのはわかるけど、
そのくらい耐えられなきゃ社会では生きていけない」等々。
いずれも、学校でのいじめや人間関係に悩み、
登校が難しくなっている子の親御さんの言葉です。

正直私は少し悲しい気持ちになりました。
「耐えられなければ生きていけない」ということは
言い換えれば「生きるには耐えるしかない」ということなのか?
誰よりも愛して欲しいと願う実の親に、今の自分を否定され、我慢を強いられ、
ただひたすら耐えるという目標まで課せられる・・・
現状を生きにくいと感じている子ども達にとって、
これ以上の苦痛はないでしょう。

そもそも、いじめや暴力は弱い人間の心の表れです。
弱い者がいじめるのですから、いじめられる側が弱いわけではありません。
ところが私たち大人の中にも、心のどこかに「弱いからいじめられる」という
誤った認識を持っている人が少なくないのではないでしょうか。
私たち大人が伝えるべきは、我慢することではなく、
いじめる側もいじめられる側も、その苦しい胸の内を叫ぶきっかけや、
叫ぶ事のできる場を作ってあげることではないかと思います。

心のライフライン wish

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Comment

  1. たまたまこのサイトを見つけて内容を読ませてもらいました。うちの高3の息子は工業高校に通っていますが 高2の修学旅行が終わった辺りから
    一緒だった2人から無視されるようになり
    今ではクラス全員の24人が半分のグループに分かれており、どちらにも入れない雰囲気のまま高2の終業式前には学校を辞めると言い、担任の先生に相談し 先生がクラスメイト2人を連れて家に来てくださり、なんとか今に至っている次第です。しかし、最近また周囲から無視されたり話しかけても嫌な顔をされ面倒くさそうに一言返答されるのみ。自分はクラスのどこにも居場所がないと嘆きます。そのせいか毎日のようにため息や感情にムラがでて、こちらがアドバイスしても、相手に合わせろだの 担任はマイペースでいいと言ってくれている。ならば俺はどうしたらいい?クラスの雰囲気に耐えられない、と。
    担任の先生も私ももっと打たれ強くならないと
    社会でやっていけないと考えていました。
    確かに無視みたいなことはあるかもしれないけど、まだお互いが人間関係がヘタクソだからと
    もおっしゃいます。今後は就職するつもりでいますが、先生は進学でも構わないとも言われました。本人は専門科目が自分には合わないから運送業の仕事を希望しており 先生も求人票のコピーをくださいました。長くなりましたが 息子が就職するには なんとしても頑張って卒業してほしいのが親の願いです。しかしクラスの誰からも相手にされず卒業まで耐えることができるか、本人も不安で辛く、昨日は自分の立場を悲観し声をあげて大泣きしました。夫はただ息子の話しを聞いてあげるしかないと言いますが、それだけで これから先なんとかなるものでしょうか

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